90オフ〜91シーズン中

選手 (団・守)選手 (団・守)備考時期
門 田(オ・外)自契→(ダ・ ) 
池 田(神・投)
大 野( ・外)
渡真利( ・外)
岩 切( ・捕)
藤本修(ダ・投)
西 川( ・投)
吉田博( ・捕)
近 田( ・投)
右 田( ・外)
 
水 上(広・内) 金銭(ダ・ ) 
今 井(オ・投)矢 野(ダ・投) 
斎 藤(中・内)小松崎(日・外)※1
小 川(中・投)岡 田(近・捕)※1
島田誠(日・外)坂 口(ダ・内)※1
清 家(西・内)
広 瀬( ・投)
 金銭(ヤ・ ) 
斎藤巧(ロ・捕) 金銭(オ・ ) 
石 井(巨・外)鶴 見(神・内) 
阿 井(ヤ・投) 金銭(ロ・ ) 
田 嶋(ダ・投)自契→(ロ・ )テスト
バークレオ(西・外) 金銭(広・ ) 
遠 山(神・投)高橋慶(ロ・内) 
榊 原(ダ・外)自契→(広・ )コ補兼
畠 山(ダ・外)自契→(洋・ )テスト
竹 田(三・投)復帰→(洋・ )※2
石 橋(洋・外) 金銭(ヤ・ ) 
古 屋(日・内)自契→(神・ ) 
栗 田(広・投)自契→(近・ ) 
山 中(オ・内)自契→(ヤ・ ) 
栄 村(巨・外) 無償(オ・ ) 
長 嶋(広・外) 音 (中・外)
山 田( ・内)
 91/1
高 木(広・投)高 山(西・投) 91/1
広 橋(中・内)小早川(ダ・投) 91/1
白 幡(巨・外)自契→(洋・ ) 91/1
高田博(日・投)自契→(洋・ ) 91/2
 シーズン中
川 畑(中・投)南牟礼(オ・外) 91/5
清 川(広・投)野 林(近・内)
 金銭
 91/5
高 沢(広・外) 金銭(ロ・ ) 91/5
 呉 (洋・投)藤 野(西・内) 91/6
石 本(近・投) 金銭(中・ ) 91/6

 
 
 
 
 埋もれる逸材の活性化を謳ったセレクション会議が開催され3件のトレードが成立したが、寧ろ注目はダイエー・田淵監督が広島の「放出リスト」に長嶋の記載があるのを漏らしたことに集まった。
 長嶋は年明けに中日が迎え入れる形になるが、交換相手の音、山田は5年後に中日に返却される。
 セレクション会議はその後殆ど話題を聞かないが、逆説的にせよ、トレードの活発化には一定の成果があったというべきだろう。

 田淵はミソを付けたが引き続きダイエーの動きは活発。阪神との間に史上最大の5対4の交換を行い、池田は救援エース、大野は盗塁王と一定の成果を挙げたのは成功の部類に入ろう。
 逆に阪神へ移った藤本、西川はそれ迄の実績が嘘の様に低迷。近田の両手投げも見られず戦力弱体化に拍車がかかった。

 一方で、ダイエーを解雇された元投手の畠山は、拾われた大洋でレギュラー級に。高橋慶の代わりにロッテへ移った遠山も後に打者に転向するが、最近では珍しいケースだ。
 また今井、島田誠、古屋ら「夢よもう一度」のベテラン組は、花咲かず。ダイエー復帰の門田も42歳の年齢には勝てず18本塁打に終わった。
 韓国・三星に二年間「出向」した竹田は大洋に復帰。明治のエースは遂に開花せず、後の打撃投手時代、頭に打球を受け九死に一生を得て現在は球団広報。第二の人生は前途洋々か。

 なおヤクルトが野村監督の後輩、西武・広瀬を獲得。「野村再生工場」は立派だが「野村情実人事」も少なくない。
※1:セレクション会議による。
※2:元大洋投手。韓国三星より。

小 島([西・投])  → (中・ )     
 なお番外の小島は、アマ規定によるプロ入り禁止期間を大卒扱い2年と見なし89年暮に西武にドラフト外入団したが、書類提出の不備により高卒選手扱(3年)となることが判明し登録が却下され浪人。1年後の中日のドラフト1名指名は星野中日監督による根本西武球団専務への恩着せと囁かれた。
 正規の移籍ではないが、川島卓也氏より掲載をお勧め戴いた。なお同氏には、他にも重要な御指摘を多数戴いた。この場を借りて御礼申し上げたい。

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